山での食事は、楽しみそのものになる
——山屋による山屋のためのカレーの企画とレシピを初めて見たとき、どのように感じましたか。
伊藤さん:
山で食べる食事って、結構大事ですよね。唯一の楽しみと言ってもいいかもしれない。そこで、しっかり栄養価も取れて、おいしい食事を手軽に食べられる。そういういいものがつくれるのであれば、ご協力できるのはありがたいなと感じました。
——普段手がけている商品との違いはありましたか。
伊藤さん:
目的がはっきりしていましたね。地元の主要な食材を入れながら、栄養価があり、しかも楽しみとしておいしい。それを山で体現する商品でした。
私たちが普段つくる外食向けの業務用食材やソースでは、価格を抑えるための工夫を求められることもあります。
今回は、そうした話が最初からありませんでした。きちんとした食材を使って、おいしいものをつくる。その方向が明確でした。
信州産の鶏と豚を、両方使う珍しさ
——素材やレシピで、特に印象に残った点はありますか。
伊藤さん:
やはり、地元の鶏(信州福見鶏)と豚が両方入っているところですね。
——なぜ、両方使う商品は少ないのでしょうか。
伊藤さん:
値段が高くなるからです。一つ入っているだけでも十分に売りになります。「信州で育った鶏を使っています」というだけで、市場では付加価値がつきますから。
だから、鶏と豚の両方を使っている商品は、あまりないと思います。
山屋による山屋のためのカレーでは、信州産の鶏肉と豚肉を、単なる産地の訴求ではなく、味と食べ応えをつくる素材として組み合わせています。
大豆を加えていることも、CEFCOがこれまで製造してきた商品では珍しい設計でした。
肉だけではない、山屋による山屋のためのキーマカレー
——山屋による山屋のためのキーマカレーについては、どのように感じましたか。
伊藤さん:
キーマカレーは、本来もっと肉肉しいんです。キーマというだけあって。今回のものは、ひき肉だけでなく、きのこや刻んだ野菜も一緒に入っています。大学がエネルギーや栄養価も考えたうえでつくられているので、かなり珍しいと思いました。
ラタトゥイユとキーマカレーを合わせたようなイメージでしょうか。
——具材の食べ応えもあります。
伊藤さん:
ありますね。
肉のうま味だけでなく、きのこや野菜の食感も感じられる。
おいしいことと、栄養価が高いことは別
しかし、栄養価を高くすれば、そのまま山で食べたいカレーになるわけではありません。
——最初に難しいと感じたのは、どのような点でしたか。
伊藤さん:
難しいのは、栄養的な観点でした。おいしいことと、栄養価が高いことは、また別なんです。
でも、山で4,000キロカロリー、5,000キロカロリーを消費した分を一食で取るのは、かなり無理があります。
一食で1,000キロカロリーとなると、ほとんどラードを飲むようなものですよね。それでは脂肪だけを取ることになり、そこに「おいしい」は加わりません。
そこで松本大学、SOPHOLA、CEFCOの三者で、何度も話し合いを重ねました。
——管理栄養士の方と一緒に商品をつくることは、これまでもあったのでしょうか。
伊藤さん:
あります。ただ、これまでは一緒にレシピをつくり上げるというより、管理栄養士が監修したレシピが、完成した状態で工場に届くことが多かったですね。——今回は、そこが違った。
伊藤さん:
今回は、開発の途中から一緒に考えました。
そうしたことを途中途中で話し合いました。レシピの段階から大学が入るのは、私たちにとっても珍しかったです。
——一緒に開発を進めてきて、今はどのように感じていますか。
伊藤さん:
飯野さんの「山で食べたらおいしいものをつくりたい」「自分が食べたいものをつくりたい」という思いを、少しでも形にできていたらうれしいですね。そこに松本大学が入り、栄養面やレシピを支えてくれました。
完成までのプロセスを知ったうえで、このカレーを味わってもらえたら、本当は一番うれしいです。
レトルトという、もう一つの壁
安全性を確保するために必要な工程ですが、食材には強い熱が加わります。
伊藤さん:
家庭で調理する場合と比べると、かなり強い加熱が入ります。最初のレシピでつくったものよりも、「煮込みすぎた」ような状態になりやすいんです。
熱によって香りが失われる食材もあれば、食感が崩れる食材もあります。
そうした食材は話し合ったうえで外したり、反対に量を増やして、加熱後にも香りが残るようにしたりしました。
試作時の味をそのまま袋に入れるのではなく、加熱後に購入者が食べる状態から逆算して調整する。
肉がパサつき、香りが焦げて感じられた
袋を開けた瞬間の香りも、次第にカレーらしいものへと変わっていきました。
——どのように調整したのでしょうか。
伊藤さん:
肉については、前処理をしっかり行っています。香りは微妙なバランスなので、嫌な印象が出るものは量を減らし、足りないものは増やしていく。
そうやって微調整をかけながら合わせていきます。
——すべての商品に共通する正解があるわけではない。
伊藤さん:
そうなんです。
原材料の量や処理方法を少し変え、加熱し、実際に食べて確かめる。
パッケージからは見えない小さな調整の積み重ねが、現在の味を支えています。
妥協しなかったのは、素材感と味
——品質面で、妥協しなかったことは何ですか。
伊藤さん:
やはり、素材感と味ですね。そこはこだわってつくっています。
信州産の食材を使っていても、高温で加熱した結果、肉や野菜の存在が分からなくなってしまえば、その魅力は十分に伝わりません。
肉の食感や風味を残し、きのこや野菜を具材として感じられる状態にする。
清澤さん:
CEFCOならではのカレーになったと感じています。CEFCOらしく「しっかり、丁寧に、真面目に」つくりました。
素材の良さを引き出し、肉の食感や風味を残したうえで、レトルトカレーとしてもおいしくできたと思います。
完成した日、最終試食会で握手をした
——完成した商品を初めて食べたとき、どのように感じましたか。
伊藤さん:
話し始めてから、もう一年以上たっていました。ようやく、味と飯野さんの思いが一つの形になった。そこが一番大きかったですね。
——あのとき、握手をしましたね。
伊藤さん:
しましたね。飯野さんが持っていた「山で食べたいカレー」を創りたいという熱い思い。
松本大学による栄養面からの検討。
CEFCOが持つレトルト製造の経験。
それぞれが完成したものを受け渡すのではなく、開発の途中から意見を出し合ったことで、山屋による山屋のためのカレーは完成しました。
山で食べる一食を、山の未来にもつなげる
——最後に、山屋による山屋のためのカレーを食べる方へ、味わってほしい部分を聞きました。
伊藤さん:
信州産の食材がたっぷり入っているところを、ぜひ見て、味わっていただきたいです。地元に来て、地元のものを食べる。それは、遠くへ来たときの醍醐味だと思います。
——そして伊藤さんは、味だけでなく、山で食べる際のマナーについても話しました。
伊藤さん:
山のマナーをきちんと守って食べてもらいたいですね。自分が落としたものでなくても、ゴミを見つけたら拾う。わざとではなく、ポケットから落ちてしまうこともありますから。それは、気づいた誰かが拾えばいいと思います。
登山道の整備には終わりがありません。
鎖場も木道も、設置すれば永遠に使えるわけではなく、修繕や架け替えが必要です。
山屋による山屋のためのカレーの売上の一部は、北アルプストレイルプログラムを通じて、登山道の整備などに役立てられます。
それも、山屋による山屋のためのカレーが目指している商品づくりの一つです。